お久しぶりです~face02
お鍋にビールiconN23がおいしい、こうほう@まっちゃんです!
さて、今年も押し迫り、消費税が来春より、8%になるということもあって、
コーディネーター、工務スタッフ、みんないろいろ忙しくなってきました。
・・・・ブログ更新の言い訳ではないけど・・・・kao_5
11月2日に、なにげにテレビを見てたら、
「知恩院、御影堂修復工事の見学会を開催・・・」
というニュースをやってたんですねiconN37
しかも、2日、3日の二日間限りiconN04
なので翌日、用事を済ませてから行ってきました~

ちょっと小雨の京都icon03
知恩院についたら、見学は、1時間半待ちでした~
御影堂は、大きな工事用の素屋根に覆われています。
これも、1年がかりで造られたもの。
修復工事は、平成17年から開始し、完成は5年後の30年、ですってiconN04
入口にいた、京都市の文化財保護課の人がいうてました。
「長いことお待たせしますが、お待ちいただいた分、
 絶対に裏切りませんから~」
期待、大iconN04
ヘルメットを着用して中に入り、
階段を上った3階が見学会場でした。
最初に見た光景が、これ~iconN04

もう、思わず、「すご~い!」って声がでましたよkao_13
御影堂は、寛永16年(1639年)に建てられたとか。
ごろごろとある丸太も、その当時に使われた丸太ですって!

丸太は松の木。樹齢は300~400年ぐらいとか。
どこの木を使ってるんでしょうね。
過去には、元禄15年(1702年)と、明治43年(1910年)の2回、
大きな修理が行われていることが判明してるようです。
江戸時代には和釘が使われているようですが、
明治の修復工事には、西洋建築の様式である、洋釘と、ボルトが、
たくさん使われてるんですよ~kao_22
お寺にボルト~iconN06
ちょっと、意外かも~kao_21

御影堂は、正面45m、奥行き35m。
木造の建築物としては、日本でも指折りの大きさを誇る建物。

瓦をおろし、土居葺き、野地板等をめくって
小屋組があらわになっています。
壮観ですね~kao_11
御影堂は、開祖の法然上人の御影が安置してあるところ。
江戸時代のはじめに徳川家康によって拡張、整備されたようですが、
寛永10年に火災にあい、現在の多くの建物は、
3代目の家光の頃に再建されたものだそうです。

軒先に見える丸太は桔木(ハネギ)というもので、
てこの原理で、深い軒先を支えているらしい。

文化財なので、可能な限り材料はそのまま再使用するのが基本。
なので、解体も丁寧に、文化財としての調査をしながら、
再生できる材料なのかも調べつつ、時間をかけておこなわれます。

虫に食われてたり、雨漏りで腐っていたりしてても、
その部分だけを切り取って、そこに同じ材質の木を埋める(埋め木)、
あるいは、継ぎ木、はぎ木、などを施して使うようにするそうです。

会場内では、「京都の匠」と白く染め抜かれた黒い法被姿の人が多数・・・
職人さんたちによる、工事の説明や、
レプリカや道具などの展示もありました。

大屋根にあった鬼瓦。
大棟に取り付けられてたもので、建立当時のものらしい。
9つのパーツに分かれてるようです。
大屋根は本瓦葺き。
平瓦を拭いて、間に丸瓦を乗せる葺き方です。
瓦の約8割が、建立当時のもので、
平瓦は重さ 約8kg、丸瓦は6kgもあります。
そして瓦葺きには、平瓦の下に土を使わない工法が用いられ、
瓦を葺くために桟木が打たれています。
土を使わない・・・つまり、耐震ですね~kao_11
明治の修復の時には、筋交いもいくつか入れられてるようです。
昔の建物は、重い屋根で支えるとか、
三重の塔のように、免震構造の建物が多いです。
耐震となると軽い屋根の方が理にかなっていますね。
阪神淡路大震災以降、一般住宅も、ほとんど土を使わない、
軽い屋根材が、現代の主流になっています。

知恩院の御影堂。
完成は5年後。
それまでにまた見学会があれば、またぜひ、行きたいですねface02
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